日本の伝統を守る「職人さん」に改めて目が向けられている。

当然のことだけど、今「職人」としてやってある方々がそうあるのは、それまでの道のりがあったからだ。突然「職人」にはなれない。

筋が良く、センスのある人がいても、その人はまだ「職人」ではないように思う。

昔から、何かしら職人になるためには、それなりの時間を要していた。
掃除ばかりさせられたり、技なんか教えてもらえなかったり。『下積み』というその期間「こき使われた」「やってられない」と思ってやめる人は多分職人向きではないのだ。

そんなことに捉われるより、なりたい人は師匠や兄弟子の仕事を見て盗むことに集中しているだろう。
またそれに耐えられる精神力を養うことにもある。

『下積み』とは、『人作り』の期間なのだ。

何を生み出すにしても、心が備わっていないと、それは形に表れる。手仕事の世界だからこそ。
まずは心を学ばないと伝統は引き継げない。

私は、誰でも職人になれると思う。
考えてみれば、手慣れた今の仕事も、学校の勉強も、最初は何もできなかったではないか。日を追うごとに自分の身になることは、どんなでも同じで、皆知っていることである。

筋が良かろうが悪かろうが、センスがあろうがなかろうが、器用だろうが不器用だろうが、
なりたい想いが強ければ続けるほどに職人になれるのだ。

時間をかけるということは、時間をかけないとわからないものが得れるのだ。
センスでは出せない心が出せるのです。

伝統は心を伝える。